CIRCLE OF DAYZ vol.6 EZ
2021.10.23 #FASHION #INTERVIEW
「DAYZ」と結びつきの強い人物や「DAYZ」が心惹かれる人物についてじっくり深掘りしていく「CIRCLE OF DAYZ」。第六回は店舗BGMの選曲を務めるEZに訊いた、自身のブランド〈TILT〉と音楽の結びつきについて。
——音楽の世界、ファッションの世界にのめり込んだきっかけはなんですか。
幼い頃は兄がギターを弾いていた影響で、歌謡曲は聞かずにハードロックを聴いていて、Sex Pistolsが「NEVER MIND THE BOLLOCKS」を出した時なんかもすぐに買いに行ってましたね。ファッションも音楽に影響されていて、小学生の卒業アルバム見ると、自分だけ社会科見学で安全ピンだらけの格好で。笑 中学生になると、日本のバンドでもハード系が出てきて、ハードカバーのライブに行ったら「日本にもハードコアパンクがあるんだ!」って結構な衝撃を受けて、思い返すとこれが最初のきっかけだったのかもしれません。高校生の時は鋲ジャンを着て、マーチンを履いて、頭ツンツンにしていたんですけど、不思議とディスコには興味がなくて、バンドのライブにばかり行っていました。今は下北にある「屋根裏」っていうクラブハウスが渋谷のセンター街にあって、入場料って大体1000円はかかるんですけど、所持金500円でも通ってましたね。金欠で入れなくてもライブの時は必ずお店の下にたむろして、どうしても入りたい時は3階の便所の窓から潜り込んでいました。時代ですよね。それで、最後まで聴くと大体終電がなくなるので代々木公園で寝て帰るって生活を送っていました。
——スケートボードはいつ始めたんですか。
日本にアメリカのパンクが流行り出すタイミングがあって、そこからスケートボードをやりはじめました。その時にスケートボード雑誌の『THRASHER』を買っていたんですけど、表紙も広告もパンクロック一色で「なんだこれは!」って。当時は今みたいにオリンピックの競技だったり、スポーツという概念がなくてストリートカルチャーだったんです。実家が床屋で継ごうと思って理容師の学校に行ったんです。でも、その学校にもスケートボードで行っていたし、放課後もスケートボードのショップに溜まっていたりしていて、結局家業は継がずに、自分の好きなスケートボードのショップで働くことにしたんです。
——そこで初めて、仕事としてストリートの世界に根を張ったんですね。
そうですね。しばらくはスケートボードを売っていたんですけど、実は21〜26歳ぐらいまではスノーボードを本格的にやろうと思って山に篭りに行っていたんです。冬は日本でボードを売りつつ、スノーボードの大会にも出る。大会がない時はインストラクターをしていました。夏は日本だと雪がなくなってしまうので、カナダやオレゴンに飛んでひたすらサマーキャンプに参加して、練習しまくっていましたね。それで1986年、たまたまクラブに行った時に転機が訪れたんです。当時のDJってレゲエならずっとレゲエ、テクノならずっとテクノという風にジャンルを変えないんですよね。でも、その時にいたのがDJ Harveyで、全然違うジャンルの曲を一度に流して、それまでは色々な曲が好きだったのでDJはやりたくないと思っていたんですけど、全く違うジャンルの曲がストーリーのようになっていて、その時にやってみたい! と思うようになって、DJを始めました。同じ頃から、スノーボードのお店に就職して、販売からブランド自体に関わるようになっていました。スノーボードのウェアを作ったり、ロゴを作成したり。当時、ゴアテックスが承認されたお店はうちしかなくて、そのタイミングでお声がけいただいて〈TILT〉が始まりました。自分にとって音楽とファッションはきっかけは違えども、個人的にはサンプリング文化など、共通点はあるのかなと思っています。実際に、〈TILT〉を始めた頃はコレクションの数も少なくて、パンクロック系などの音楽と組み合わせたデザインを出していました。スタッズベルトやボロボロのジーンズを作っていましたね。今でもスケートボードと音楽を組み合わせたファッションをやったりしていることから、カルチャーの融合は大事にしています。
——今回、DAYZと〈TILT〉のコラボレーションが実現しました。アイテムのポイントを教えてください。
今回のコレクションはBDUジャケットと、定番の〈TILT〉のグラフィックです。これはパンクじゃないですけど、70年代のヒッピーカルチャーをさらにアレンジしています。ポケットも元々ついていたものを全部外して、位置も全部変えたり、全部ボタン取ってベルクロにしたり、インドとか手縫いのヴィンテージテープを見つけてきて使用したり、細部にまでこだわっています。
——いつもイベントのたびにDAYZの音楽を変えてもらっていますが、選曲はどのようにして決めているんですか。
それはちゃんと時間の流れを意識しています。朝、店員さんが出勤してきてドンキホーテみたいな曲が流れてきたら嫌でしょ(笑)。だから、最初はゆっくり始まるように爽やかな曲をかけるようにしています。コロナで実際にクラブに来れなかったりする中で、朝通勤しながら聞ける音楽というのを意識していて、そこはDJにとって新しい挑戦だなと思っています。
——最近は音楽もデータが多いですが、EZさんがレコードとデータ両方を使う理由ってなんですか。
やっぱりレコードしかないものが多いからですね。自分はデータもレコードも聴きますけど、特別すみ分けているわけではないです。でもやっぱりどちらかと言われればレコードですかね。音も良いですし、レコードはジャケットが大きいのでインテリアになる点はいいなと思います。DJとしては自分が選んだ音楽が気に入ってもらえたら最高だなと言うのはあります。聴く側としては「酒のつまみ」ですかね(笑)。いいつまみ(=音楽)ならいい酒を飲もうと思うし、その逆もしかりですよね。
PROFILE
EZ (TILT, MILDBUNCH)
東京下町生まれ、コンセプトウェアブランド〈TILT〉のディレクション&デザインを務めながらも、DJとして90年代後半より数多くのパーティに出演。現在は自らもメンバーの1人であるMild Bunch Soundsystem主催のパーティでも活動の他、Contact、MITSUKI、DJ Bar Bridge、INC COCKTAILS、TRUNK HOTEL LoungeやインドネシアはJakartaのClub ZODIAC にも定期的に出演、MIYASITA ParkのセレクトショップDAYZへBGMの提供も行なっている。また、2013年より毎年不定期に開催される自身プロデュースでのパーティー、TILT presents famous DJ “SMALL KLUB”もスタート。独自のDJ、アーティストのチョイスにより好評を得ている。
Interview & Text : Yu Yamaki
Photo : Ryutaro Izaki
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