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CIRCLE OF DAYZ vol.15 Michael Bühler-Rose

―――ご自身のことと、プロジェクトについて、詳しく教えてください。

Michael Bühler-Rose:ニューヨークのマンハッタン地区と、インドのマイスールを拠点とするアーティストです。Boot Foundationプロジェクトは新型コロナパンデミックの直前に始まりました。それ以前に1、2度ブートレグをやったことがあって、主に自分が見たもので、個人的に欲しかったもの。すぐに手に入れることができなかったものたちを、自分で作ってみたんです。最初はニューヨークのハードコアバンドSide by SideのデモカバーをもとにしたTシャツでした。20枚くらいでしたね。そのほとんどを友人にプレゼントして、制作費を賄うために数枚を販売しました。コロナが襲来すると、まだ存在していない、とてもレアな、商品になり得る可能性のあるモノなど、ますます多くのアートワークが目に入り、主に自分自身と周りの友人のためにと思いながら、こういったものをまとめていったんです。それからそのプロジェクトは4年間にわたって自然と大きくなっていきました。今では多くのケースにテーマが設定され、月に2グループのプロジェクトを進めていて、Cali Dewitt/カリ・デウィットや、Jonathan Monk/ジョナサン・モンク、Corey Presha/コーリー・プレシャ、Joe Horner (Art as Chairs)/ジョー・ホナーのようなアーティストとのコラボレーションも作り出しています。

―――ブートレッグカルチャーについてどう思われますか?

Michael Bühler-Rose:最高なカタチのブートレッグ文化は愛やファンダムがあるところから生まれているように思うんです。そしてそれは2つに分かれるように思います。一つは、バンドの古い/何か可能性のあるレアな公式商品の再版、例えばレコードやマーチャンダイズなど。これを、ウォルター・ベンジャミンのエッセイ「機械的複製の時代のアート」や彼の概念であるオーラと並べて考えています。ベンジャミンは作品とつながるオーラをリストアップし、独占的でシンギュラリティなものに関連していることが多いとしています。バンドのTシャツは、おおかたこの考えとは矛盾していますが、それらは大量生産され、一時期は誰でも手に入りました。しかし時間の経過とともにアイテムは希少価値が高まり、そのオーラもふくらみます。20、30年後に誰かがそれを見ると、その独占性と希少性によってオーラが生まれます。ヴィンテージ市場は、このアイテムに飛びつき、売値を10倍にしたりして、オリジナル価格よりも高値がついたりします。ブートレッグは再販することでこの概念に反応し、手頃な価格ですぐに入手できる複製品を作成することで、オリジナルのオーラを壊し、ボロボロになることに注意を払うことなく、本来の目的通りとしてのTシャツを気軽に着用できるのです。二つ目はオリジナルワークのコンセプトやそれ以前に存在していたマッシュアップの発想はアーティストの拠点の特別な時代には縛られていないんです。アルバム時代のアートワークと可能性あるオリジナルの要素を組み合わせたブートレッグを保留しておくところが粗雑で美しい例です。よく思うのがファンの立場から出てくるアイデアが多いから、ブートレガーがしばしば新しくて、エキサイティングなコンセプトを生み出し、そのアーティストを以前にはみたことのない方向から見られて、あまり知られていないものを文書化するのと同様に或いは未開発のアイデアだったり、でも皆に好まれるようなモノになるのだと。

また更によく思うのが、この方法論が全く行ったことのない方向への動きとアイデアにグッズを促進しているということ。独創的なアートエキシビションにせよ、ロバート・ロンゴの「Men in Cities」やロラン・バルト「カメラ ルシルダ」とThe Cureの「Picture of You」との関連、ニューヨークのトンプキンス・スクエアパークの歴史。或いは単純に失敗で知られているSisters of MercyとPublic Enemyのツアーでさえグッズがなかったのに、私にとっては、早く出すぎてしまったとても重要なツアーであったかのように思えるんです。私にとっては強い欲望からくるブートレッグからは最も純粋なモノがその中にあると思うんです。ブートレッグのTシャツであろうとNikeの無断転載禁止であろうと、オリジナルの本物の品位やオーラを気にすることなく、手に入れたい、ただダイアログに参加したいという純粋な欲望からなっているのだと。この観点からすると、オリジナルが作られた同じ工場からのスニーカーのレプリカを手に入れることは、サブマーケットで数千ドルを支払って皆が求める価値のある品のオリジナルを手に入れて、それを全く履かずにコレクトするよりも、ずっとパンクロック的だと思うんです。

―――境界線というものがオマージュやサンプリングであいまいになってきていて、例えば、Supremeはルイ・ヴィトンとのコラボレーションがあって、ストリートウェアと高級ブランドのその境界が消えつつあります。こういった状況をどう思われますか?

Michael Bühler-Rose:非公式と公式のラインはしばしば曖昧ではあるように見えるし、ほとんど常にオリジナルアーティストの利益になっていますよね。ブートレッグテープ文化や1985年に始まったGrateful Deadの「テーパーズ」のセクションなどがその例です。ライブ体験の多様性を交換と鑑賞を通して、バンドとファンベースとをつなぐのに役立ちました。
もちろん、こういったたぐいのものは 手作りを通して続いていくのですが、これらの全てのアイテムの中にはブートレッググッズも含まれていたり。 音楽的にはGreatful Deadの影響を受けずにはいられませんが、こういったアプローチはバンドの持続性とコミュニティー文化に役立ったと思われますね。

ブートレッグは常にオリジナルのオーラを増していて、しばしば新しい命を与えてきました。80年代のダッパーダンから現在に至るまで。個人的にはストリートウェアブランドと高級ブランドを区別するのが難しいことがあります。両方とも互いのアイデアを取り入れて、価格帯に関しては、時折いわゆるストリートウェアブランドが高級ブランドに近づき、人為的に供給不足にして、不必要に高い価格をマーケティングツールとして使用して高級ブランドと同じ独占性のポイントに位置づけようとしていますよね。私は常に、Pleasuresのような他のブランド、例えば、価格を誰にでも手頃な範囲に保つように心がけているブランドを高く評価しています。

―――日本への初訪問になりますね。東京では何か楽しみにされている事はありますか?また、DAYZとのポップアップイベントもありますね。イベントに対する期待はありますか?

Michael Bühler-Rose:これが初めての日本訪問になりますが、思い出せる限りずっと訪れたいと思っていました。日本にはいつも魅了されてきました。私が見てきた範囲では、異なる時代から借りてきたサブカルチャーが発展して、同時に特定の地域の美意識が引き出されていて、多くの方向でも様式的にも常にアメリカより一歩先に進んでいますよね。もちろん、私のアートヒーローはコンセプチュアル アーティストの河原温、杉本博司、松澤宥、堀川紀夫といった方々で、ジェームズ・リー・バイアーズの日本での活躍と同様に、彼らもまたコンセプチュアルな懸念と地域的なアイデアを組み合わせています。私はこのプロジェクトを通じて日本中で何人かのサポーターを少しずつ増やすことができて、その中の同じような考えの人たち何人かと直接会って、それに続く更なる会話を楽しみにしています。これは東京での多くのブートレッグ対話の第一歩と見ていて、その始まりの機会としてDAYZとBeat Caféの支援に感謝しています。今回のPOP UPに合わせてBEAT CAFEのカトマンがセレクトしたプレイリストも併せてお楽しみください。

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